2010/3/8 ろっぽんプロジェクト最終報告会

「ろっぽんプロジェクト」3年間の活動報告会&
パネルディスカッション「テレビは視聴者と協働できるのか?」

2010年3月5日、東京大学本郷キャンパス「福武ホール」で、東京大学とテレビ朝日の共同研究「ろっぽんプロジェクト」の活動報告会が開催されました。2007年から3年間、視聴者とテレビ局のより良い関係作りを目指して行ったさまざまな活動を総括し、研究的側面からの評価を行った後、「テレビは視聴者と協働できるのか」と題して、パネルディスカッションを行いました。参加者は約70名。研究者、民放、BPOなどの関係者だけでなく、「ろっぽんプロジェクト」で行ったワークショップや、メディアリテラシー講座などに参加してくださった一般視聴者の方の姿もありました。
ろっぽん1.png
■ 活動報告
テレビ朝日から、プロジェクトに参加してきた「お客様フロント部」のスタッフからの、活動報告は「『ろっぽん』を通して、3年間いろいろな新しい出会いがありました。」という感謝の言葉からスタート。
「ろっぽんプロジェクト」の第一ステップは、以前からテレビ朝日で行ってきた「社内見学」「出前授業」「テレビ塾」などの活動を改めて見直すことでした。これらの活動は総合学習支援の一環として行われてはきましたが、「ろっぽんプロジェクト」を通して研究者と交流することにより、メディアリテラシー的な観点から、それぞれの活動を見直すきっかけを得て、「見学の生徒さんたちが何を考えているのか」「放送の仕組みを知ってもらうとはどういうことか」と、スタッフ一人一人の意識が変わったことが報告されました。
次のステップとして「ろっぽんプロジェクト」が取り組んだのは、視聴者とテレビ局のスタッフが語りあい、気づきあう場を提供する、ワークショップのデザインでした。
「テレビ・パズル」(2009年3月〜バージョンを変えて3回ほど実施)のワークショップには高校生から85歳までの視聴者とテレビ局スタッフがひとつのテーブルを囲んで「それぞれにとってのテレビのイメージ」の絵を描き、一緒にテレビについて語り合うというシンプルなものですが、通常なかなか対等な会話が成立しにくい関係性の中に、画用紙、ペン、模造紙というシンプルなツールが入ることによって「送り手」「受け手」の立場を超えて、「対話の場」が立ち上がり、本プロジェクトが求めてきた「広がり」と「自由度」を持つパイロットモデルとして大きな可能性が示されたことが報告されました。
 夏休みの親子見学会の機会に行った「ろっぽん夏休み・親子ワークショップ」(2009年8月実施)は、館内見学とクイズを交えてのワークショップを組み合わせ、見学前と後でのテレビ局のイメージの変化を絵に描いてもらうものでした。テレビ局の担当スタッフたちも多くのことを気づかせてもらったそうです。
「見学の前と後では絵がずいぶん違っていて、自分たちの行っている館内見学の影響が大きいことが分かり、うれしいと同時に責任が重いことを感じました。」
「見学する親子のためにクイズを作ったのですが、クイズを作りながら自分の伝えたい点を整理できました。」
☆「ろっぽん夏休み」は、昭和女子大学人間社会学部の駒谷真美准教授〈発達心理学〉の研究論文にまとめられており、学問的な観点からの分析が、この後ありました。
ろっぽん2.png
テレビ局が地域コミュニティに出かけていって、自治体と連携して作り上げるオーダーメイド型の大人向け「出前講座」の一環として、中央区市民カレッジと協力して行われた「大人のためのメディアリテラシー講座・全5回」(2009年10月実施)では、メディアリテラシーの定義や、世界のテレビ事情といったメディアに関する講義、テレビ朝日の館内見学とニュース体験に加えて、グループで架空のテレビ局「築地市民テレビ」を想定した3分間の番組づくりまで行いました。どちらかというとご高齢の参加者が多かったのですが、受講者から「頭が痛くなるほど、面白かった」という感想が出るほど盛り上がり、その好奇心と行動力のパワーにテレビ局員が圧倒されっぱなしだったことも報告されました。
■評価・分析
「ろっぽんプロジェクト」の活動を総括して、評価・分析していただいたのは、駒谷真美さん(昭和女子大・准教授)と、境真理子さん(桃山学院大学・教授)のお二人です。
ろっぽん3.png
発達心理学とメディアリテラシー、親子コミュニケーションとメディアの関係を研究していらっしゃる駒谷真美さんには、「ろっぽん夏休み・親子ワークショップ」の企画段階から参画し、親子見学の理解を深めるために作成した『見学クイズ』をメディアリテラシーの観点から監修していただきました。実際に参加した親子に見学会での親子コミュニケーションの有効性や、学習効果などについてのアンケートを行い、それを詳細に分析した結果を発表。テレビ局の館内見学が持つメディア教育における効果性や、親子でメディアリテラシーを学ぶことによる効果の高さ」などの点を評価されました。
 境真理子さんには、プロジェクトの1年目にテレビ朝日のそれまでの活動を分析した立場から、3年間の「ろっぽんプロジェクト」の活動を包括的に振り返っていただきました。
ろっぽん4.png
 「当初、研究者からは、テレビ朝日の活動は『メディアリテラシーというより、テレビ局の単なるPR活動ではないか』という疑問の声もありました。しかし、3年間のプロジェクトも終盤に来て、そうした評価の問題よりも、『テレビ局と視聴者が出会うことの意味』が問われるように、質が変化したのではないかと思います。」
特に大人向け出前講座でテレビ局と地域との出会いがあったことに注目。一般にローカル局は地域との関係も密接だが、はなかなか視聴者の顔が見えないといわれるキー局が放送エリアの中に出て行くことで、地域の住民との出会いがあったことは、「視聴者との直接対話、交流空間の創出、社会教育への関与、地域の発見」などの成果があったと評価。今後の課題として、社内外へこうした活動をひろげていくためには「活動から得た経験を『言語化』する必要がある」ことを指摘した上で、『メディアーリテラシー』は、いわば『メートル原器』的なものとして、メディアと市民社会との関係を測るものさし、基準だと考えられるのではないか」とまとめられました。
 
■パネルディスカッション
休憩を挟み、東京大学大学院・水越伸さん(東京大学・教授)を司会とする「テレビは視聴者と協働できるのか」と題したパネルディスカッションが行われました。パネラーとしては、職場学習論の立場から「大人の学びを科学する」ことを専門分野とする中原淳さん(東京大学・准教授)、メディア環境と人間の関係性を記述するメディア論的見地からテレビも研究対象とされている水島久光さん(東海大学・教授)、そして、テレビ朝日社員と大学院生の両方の立場で「ろっぽんプロジェクト」に関わった古川柳子(東京大学大学院・テレビ朝日)が参加しました。
ろっぽん5.png
中原淳さん(東京大学・准教授)の発表(要旨)
 私は「職場学習論」つまり、大人が社会に出てから会社などの組織の中で、どう学ぶかを研究してきた。最近では社会がリキッド(流動)化していることの現れか、「働く意味とは?」といった基本的な疑問が、働く人たちの中で問われることがよくり、その中で、企業文化の中で「しみついいてきたアカを落とす」必要性が求められるようになってきた。組織の中で、「一人前」になるときに、しらずしらずに身についてしまったこの「アカを落とす」ことを『アンラーン』と呼ぶが、いま求められているイノベーションや新しいアイデアにつながる『アンラーン』の契機として、「職場」プラス「社外」という要素、つまり「越境」ということが重要だと考えている。
「ろっぽんプロジェクト」の報告もこうした「越境」的な活動として、非常に興味をもって拝聴した。ただ、「テレビ局の学び」「気づき」といった表現を安易に使うだけでなく、いったい何に「気づいた」のか、仕事なのか、メディアなのか、何を『アンラーン』したのか?ということをきちんと洗い出していくことが必要ではないかと感じる。また、個人が気づいたり、変わるというだけではなく、組織レベルでどう変わったか?「気づき」を仕事の変化につなげられたか?といったことが、今後は問われていく必要だろう。
水島久光さん(東海大学教授)の発表(要旨) 
 メディア・リテラシーは当初は、マスメディアという「送り手」側の圧倒的な影響力に対して、「受け手」がメディアを「読み解く」ことで、マスメディアという一種の「権力」に抵抗するためのロジックとして生まれてきた。しかし、ネットの広告費がついに新聞を追い越し、いわゆるマス4媒体(テレビ・ラジオ・新聞・雑誌)の落ち込みには歯止めがかからず、さらに、複数のメディアを組み合わせたメディアミックスという手法がマーケティングの大きな流れとなりつつある。また見るほうも、ダブルスクリーン、トリプルメディアといった複数のメディアに同時に接触することが当たり前の時代になっている。
 こうしてマスメディア自体が弱っていく中で、かつての「抵抗できないので、読み解く」というメディア・リテラシーのアプローチだけで、果たしていいのかどうか。そういった問いの中から2000年頃に生まれたのが、「送り手」である放送局と「受け手」である中高生が「互いに学びあう」という民放連メディアリテラシープロジェクト型の活動だ。今年度、私は鹿児島テレビ(CX系)の実践支援で何度か現地に赴いたが、実施局には何かをやらざるを得ないという危機感があふれており、「送り手」と「受け手」の循環モデルという「新しいメディア・リテラシー」が切実に求められていることを実感した。いま、メディアと社会の関係性をつなぐ方法論としてメディア・リテラシーが求められている。
古川柳子(東京大学大学院・テレビ朝日)発表(要旨)
 「ろっぽんプロジェクト」の活動を通して、テレビ局と視聴者が協働していくために、必要なことがいくつか見えてきたように思う。プロジェクト開始当初、「テレビ朝日の活動は、広報・企業PRですよ」と研究者側から指摘され、テレビ局側のスタッフは当惑していた。そうした中で、メディア・リテラシーの意味をテレビ局スタッフや視聴者に理解してもらうためには新しい活動を「かたち」にする必要があり、活動を継続するためには、それがある程度の「広がり」と「自由度」のあるモデルである必要があった。視聴者が現実に参加できる時間や、テレビ局員の日常業務と折り合いなども考慮にいれながら、ワークショップ型の活動モデルとして「テレビ・パズル」を作りあげるプロセスをテレビ局と研究者で共有できたことは大きい。また、人事異動などがある会社組織の中でプロジェクトを継続するには、メディア・リテラシー活動の核となる部署が明確になっていることも大事。テレビ局と大学、テレビ局と地域市民といった「異文化」との連携には摩擦や対立がつきものだが、「ろっぽんプロジェクト」に関わった、視聴者、テレビ局員の多くの人々が、「メディアリテラシーは大変で、難しいけど、すごく楽しい」という共通の感想を持った。こうした「楽しさ」という要素が、対立を乗り越えたり、「学び」に繋がることの意味も、考えていく必要があると思った。
 パネラーの発表に続けて、「ろっぽんプロジェクト」を指導してきた水越伸さん(東京大学教授)も加わり、ディスカッションが行われました。
ろっぽん8.png
 プロジェクトに参加したスタッフの「個人」の気づきを、どう「組織」としての学習に拡げていくことができるのか、視聴率以外に「製品」である「番組」を振り返ることがないテレビ局にとっての、「視聴者」と共にテレビを考える機会を作ることの重要性などが議論されました。
水越さんからは、「ろっぽんプロジェクト」を始めた当初、海外事例の調査研究やクロスメディア展開など、かなり広範囲のねらいを持っていましたが、諸々の現実的な要因の中で、当初のデザインと違って、一部の要素が大きくなり、結果的にうまくいったと感じていることが語られました。その要素とは一言で言えば、「送り手のメディア・リテラシー」。「テレビ局のメンバーも研究者も、このプロジェクトは、もくろみとずれて盛り上がっているという不思議な状況」ではあるものの、「ろっぽんプロジェクト」の3年間に、プロジェクト参加者には、強い意識の変化が起こりました。こうしたプロジェクトをきっかけに、組織やコミュニケーションが急速に変わることの可能性は、十分に提示できたのではないかと、水越さんは総括し、3時間におよぶ報告会は終了しました。(報告:ろっぽんプロジェクト テレビ朝日参加メンバー)

この記事はろっぽんプロジェクトに投稿されました. このパーマリンクをブックマークする。 コメントは受け付けていませんが、次の URL へトラックバックを残せます: トラックバック URL.