実践のまとめーMedia Conté 2008 in 可児 Vol.3

 物語とは何だろう。それはどこから生まれ、どうやって作り出されるのだろう。そうした疑問に答えようとした思想の一つ、近代のイギリスやドイツを中心に、形式の客観性を重んじる古典主義に対抗するための文化運動としてくりひろげられたロマン主義の考え方では、物語の本源性は個人の主観性の中に求められる。つまり「語るべきものは人それぞれの心の中にある」とされ、形式にとらわれることなく思うがままにそれを表出することによってそこに物語が生まれる、とされた。さらにそこでは古典主義的な画一性に対抗するためのモチーフとしてことさら地域性が重んじられた。たとえばイギリスでは、とくにウェールズがロマン主義的なイメージの源泉としてもてはやされた。
 今日、マスメディアの画一性に対抗するための文化運動として欧米各地でくりひろげられているデジタル・ストーリーテリングの発想の中には、もしかしたらそうしたロマン主義的な物語観が息づいているのかもしれない。実際、かつてのロマン主義の聖地、ウェールズを拠点にくりひろげられているキャプチャー・ウェールズ・プロジェクトは、形式の客観性を重んじる古典主義に抗してかつてのロマン主義が個人の主観性を絶対視したのと同様、マスメディアの客観的な表現様式に抗して個人の主観的な表現様式を称揚することによって、マスメディア的な視野からこぼれ落ちてしまいがちな普通の人々の「物語空間」を拾い上げることを試みている(小川,2008)。
 しかし実際、「語るべきものは人それぞれの心の中にある」のだろうか。デジタル・ストーリーテリングのモットーとしてよく言われるように、「誰にでも語るべきストーリーはある」のだろうか。あるとしてもむしろ多くの人々は、語るべきものが何か、どんなストーリーを語るべきかを自覚することすらできていないのではないだろうか。あるいは語ろうとしてもうまく言葉にならない、声にさえならないのではないだろうか。いいかえればそこにあるのは「物語空間」ではない。声にならない声、語りにならない語り、愚痴やつぶやきやボヤキやため息、そうしたちょっとした思いの切れ端、微細な心意現象の断片がもぞもぞとうごめいているようないわば「前物語空間」なのではないだろうか。
 そうした声にならない声、語りにならない語りをただ主観的に表出しようとしてもそこから物語が生まれることはない。それが物語になるためには、いいかえれば「前物語空間」が「物語空間」に変容するためには、そこに他者との対話という客観性のモチーフがむしろ決定的に必要となるのではないだろうか。つまり発話者は対話者に向かって声にならない声をひねり出し、語りにならない語りをねじり出そうと試みる。一方で対話者は声にならない声に耳を澄まし、語りにならない語りに耳を傾けようと努める。そうした相互作用を通じて両者はやがて声のかけらを探り当て、語りの種子を掘り当てる。その過程で「前物語空間」が「物語空間」に変容し、そこからようやく物語が立ち現れてくるのではないだろうか。
 今回のワークショップでは発話者の役割を子どもたちが、対話者の役割を大学生たちが担うことになった。しかも今回、ほとんどの子どもたちは十分に日本語をしゃべることができなかった。つまり今回発話者となったのは、現実問題として声を奪われている者たち、実際に語ることのできない者たちだった。そうした発話者に対話者として向き合いつつ、声にならない声に耳を澄まし、語りにならない語りに耳を傾けるのはどれほど困難なことだったろう。そしてそこから声になりそうな何かを探り出し、語りになるかもしれない何かを掘り出すのはどれだけ至難なことだったろう。しかし大学生たちは見事にそれをやってのけた。そして子どもたちも見事にそれに応えてのけた。
 ロマン主義的な考え方では、奇跡は人間の内奥から生じるとされる。しかし今回のワークショップで私たちが立ち会ったのは、人間と人間の間から奇跡が生み出されるまさにその瞬間だった。その結果、私たちの目の前に一つの可能性が開示されることになった。それは物語るという行為を、ロマン主義的な物語観の上に成り立つ従来のデジタル・ストーリーテリングの発想とは異なる次元で考えていくことの可能性、ひいては表現するという行為を、西欧近代的な人間観の上に成り立つ従来のメディア研究、メディア実践の視座とは異なる次元で考えていくことの可能性だといえるだろう。(文責:伊藤昌亮)
参考文献:
小川明子「小さな物語の公開、そして共有」(2008)松浦さと子・小山帥人編著『非営利放送とは何か 市民が創るメディア』ミネルヴァ書房

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